Interview

 

ダミー画像

今は一販売員の私ですが、子供の頃ある日稽古場に現れたバレエピアニストさんの演奏でレッスン音楽の捉え方が大きく変化した事を覚えています。 それまではカウントを感じるためのツールでしかなかった音楽が、アンシェヌマンの意図を示唆し、踊る楽しさを再認識させてくれるものになったのです。プリエだったら身体の隅々の神経をゆっくりと目覚め起こすように、フラッペだったらより瞬発的に動けるように、グランバットマンやワルツならよりダイナミックに動けるように。弾き手の技術と表現力によって、ダンサーはより豊かな感受性を得て、エネルギーを全開にして踊る事が出来ます。 今回、赤い靴が取材を行ったのは、そんな素晴らしい技術と表現力を併せ持つバレエピアニストの後藤幸子さん(Forever Dance Music代表取締役)と、真家香代子さん(モナコ・プリンセス・グレース・アカデミー専属ピアニスト/Forever Dance MusicよりCDをリリース)のお二人です。 美しい音色の裏に隠されたお二人の思いとバレエピアニストとしての人生、CD制作におけるご努力についてのお話を伺いました。
 

Q1.ダンサーの心を踊らせるような、素晴らしい演奏をされるお二人ですが、レッスン演奏中はどのような事を感じ、どんな思いで音楽を奏でているのでしょうか?
 

バレエピアニスト後藤幸子

後藤 バレエの稽古場では、優雅に音を奏でているだけではなく、弾きながら先を計算して予測し、頭の中は忙しいです。何小節必要か、何グループか、テンポは大丈夫か、次は何の動きをやるのかなどですね。先生のちょっとした動きも見逃さないよう、客観視して弾くことも重要です。その日の先生が何に重きを置き、どのような内容をしようとしているのか、クラスのレベルはどれくらいかなど、瞬時に判断するよう心掛け、それにより弾き方が180度変わる場合もあります。先生が与えるパやアンシェヌマンの質は勿論、微妙なニュアンスや言葉で示さないことに耳を傾け注意を払う、とでも言いましょうか。それらが音で表せたらいいな、とは思っています。それは、クラスの始まりの時点でおおよそ解る場合があります。そして何より、ダンサーが動きやすいよう“動きを導く音”に感じるよう心掛けています。今では無意識に現場の雰囲気で弾いていますが。

真家 私も一番は教師の意図を理解し、ダンサーの皆さんがきちんと稽古をできるようにと思ってます。身体をしっかり作ってもらえるように。 絶対的な制約の中でピアニストとしていかに音楽的に弾けるか、と言うのがこの仕事の醍醐味だとも思っています。私は何でも理論づけて考えないと先に進めないタイプなので、レッスン演奏に必要なロジックを明確な言葉にできるようになってから、自分の演奏も変わったと思いました。ロジックがしっかり見えていれば、自分の演奏に対して、ダンサーがどう感じ、どう動いているのかを察知する余裕も出てきます。その様にして教師、ダンサー、ピアニスト、それぞれがエネルギーを感じ合い、一つの空間で一体となって高め合っている瞬間に「これは楽しいな!」と感じる事があります。
 

赤い靴 お二人のお話を聞いていると、長年、第一線の現場で ダンサーの呼吸を肌で感じ、先生方の要求に答え続けてきた、その結果が真家さんはロジックとして、後藤さんは自然な感覚として体に身に付き、ダンサーが本当に踊りやすいレッスン音楽を作り上げているのだなと実感します。
 

後藤 長年やっていると、無意識に身につく事は多いと思いますが、その身につけ方の差によって、ダンサーが動きやすい音を作れるかどうか、といった事も変わってくるのだと思います。
 

 

Q2.バレエピアニストのお仕事はいつからやっていらっしゃるのですか?また、この仕事を続ける上で、これまでに転機となるような出来事はありましたか?
 

後藤 私は大学4年生の時、幸運にも尾本安代先生と出会い、卒業と同時に谷桃子先生を紹介して頂き、谷桃子バレエ団の団員クラス担当となりました。 間もなく牧阿佐美先生の所からもお声がかかり、バレエピアニストを続けるきっかけになりました。かれこれ36年前の事です。始めた頃は、不慣れな為ダンサーから冷ややかな目線を送られたり、来日したカンパニーのハイレベルなクラスでは思うように弾けず、自分の無力さに涙が出るほど悔しい思いもしました。そんな時、1ヵ月間NYに行き、沢山のスタジオ巡りをしてバレエピアニストさん(時にはパーカッション奏者)付きのバレエやモダンダンスのレッスンを自分でも受講しました。当時日本ではまだ売っていなかったクラスレッスンの為のレコードやカセットテープをトランク一杯に買い込んで、夢中で聴きまくりカルチャーショックを受けました。その後からです。「良くなった」と多くの先生方から言って頂けるようになりました。まだ手探り状態ではありましたが、音大では教えて貰えないことであり、“現場の確かな手応え”を感じた事を覚えています。これは始めて3年目頃の出来事です。

真家 私はこの仕事を始めたのは18~19年前くらいです。ご縁があって、井上バレエ団でクラスを担当させて頂いたのが最初です。7~8年前に一度辞めようと思った事もありました。クラスをたくさん弾かせていただいてた時期でしたが、自分のスタイルやセオリーを感じれなかったからです。でも、そこで方向転換をでき、ロジックを突き詰める様になってから、演奏は変わりました。

 

Q3.真家さんはなぜモナコのバレエ学校で演奏されるようになったのですか?モナコに行ってから、ご自身の演奏に変化などはありましたか?
 

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真家 海外のバレエ学校を一度見てみたいと思ったのがきっかけです。年齢的に大台にのる前に何か新しいことをしてみたいとバレエピアニストのオーディションを受けたのですが、海外で働きたいとずっと思っていたわけではなく突発的な行動でした。大きいことを決めるとき常にこんな感じです。日本ではフリーランスでしたがモナコでは会社員、どちらのメリット、デメリットも経験することができてよかったと思います。モナコで働くようになりもう丸4年が経ちました。

アカデミーでは通常同じクラスを2週間弾きます。先生にもよりますが、同じアンシェヌマンを1、2週間続けます。

同じアンシェヌマンでも曲を変えてみたり、同じ曲で1つの作品のように詰めていったりもします。

どんな曲がよいか、どんな弾き方がよいか、教師ととことん話合ったり、時にはこちらからアプローチしたり。毎日ピアニストとしていろんなことが出来る、音楽の可能性を提示できるということにやりがいを感じました。モナコに行ってから、レパートリーの幅は広がったと思います。特にマズルカやポロネーズ、タンゴやハバネラといった様々なミュージックスタイルの曲を普段から多様しますし、サラバンドで大きいジャンプ、ポロネーズでプリエなど、使い方も様々。また一つ一つのアンシェヌマンをじっくり稽古するので、音の「質」をより考えて弾くようになったと思います。

ダミー画像
*Academie  Danse Princesse Graceレッスン風景(出展:Academie  Danse Princesse Grace Facebook)


Q4.新作CDを制作する際はどのようにして選曲作業を行なっているのでしょうか?
 

後藤 重要視しているのは、何をテーマに作るか、という事です。私が1番に考えるのはプリエですね。ここに何を持ってくるか、プリエで弾きたい曲があるから新譜CDを作ると言っても過言ではありません。そして、一冊の本のように起承転結を考えます。つまりどの曲の後にどの曲を入れると効果的かなど、全体的な構成を考えます。クラシック音楽やバレエ音楽に偏らず、大好きなミュージカルやオペラを入れる事が多いです。私自身その方がウキウキとして動きやすくなるので。元々物作りや制作に興味があったので、自分で考えて全体を作り上げていく作業は楽しく感じています。 

真家 他のピアニストさんとあまりかぶらないようにし、基本的には自分の好きな曲が多いです。CDに向いている曲や自分のタッチにあっている曲を探し、後藤さんや仕事をする先生の意見も参考にして決めています。



Q5. CD制作において、いつどこで聴いてもウットリするような澄んだ音色を収録する為には一体どのような努力がなされているのですか。
 

後藤 CD収録は毎回Sony Music Studios Tokyoの一番大きなスタジオで、ピアノはスタインウェイD型ハンブルクフルコンを使用しています。ここのスタジオに行きつくまで沢山の都内のレコーディングスタジオを回りました。 私共の1枚目のレッスンCDを制作する時点でまずこだわったのが“音質の良いバレエレッスンCDの制作”です。ダンサーが日々耳にする音楽は、良質の音で耳を養って欲しいと。 心地良い音色は、身体の中に流れ入った時、魂の浄化さえも感じる瞬間があります。それは心と身体のバランスの助けとなると考えています。 ソニーさんでの収録は、高性能マイクを沢山セッティングする為こちらも神経を使います。今回は7本のマイクがセットされていました。そして収録の為の演奏というものは、通常バレエの稽古場で弾いている弾き方では全く通用しない為、演奏の仕上げ方に細心の注意が必要となります。調律師さんへの要求も細かくなり、調律は勿論、鍵盤調整が非常に重要なので、自分が弾きやすい鍵盤になるよう再調整して頂く場合もあります。更に今回はスタジオの湿度にもこだわりました。ソニースタジオは空調管理に優れているのですが、7月だったことと選曲の中に1%の湿度の違いで弾きにくくなる曲が入っていた為、50%-54%以内をキープして貰うようお願いしました。そして、収録が終わり音の仕上げ(マスタリング)の段階では、1曲1曲1音1音を細かくチェックし、エンジニアさんと深夜まで長時間相談しながら気が遠くなるような作業を毎回行います。CD音源を仕上げるこの作業が、実はCD制作では最も重要とも言われています。
 

後藤幸子さんレコーディング風景。Sony Music Studios Tokyoにて
*後藤幸子さんレコーディング風景。Sony Music Studios Tokyoにて

真家 私は去年初めてCDを作らせていただきましたが、実際のクラスと収録ではだいぶ弾き方を変えました。クラスでは自分の演奏だけでなく他にも気を使わないといけない事が沢山ありますし、たとえタッチが荒くなっても、その時々に伝えないといけない音を瞬時に判断する必要があります。ただ、いざ、CDに仕上げるとなると、普段のようにはいかず、僅かな雑音やアクセントを強調し過ぎてしまう癖も見直す必要がある、と後藤さんから言われていました。そこで、練習段階では自分で録音した曲を後藤さんに何度も聴いて頂き、音の美しさを追求すべく修正を繰り返しレコーディングに臨みました。あとはもう、スタジオやエンジニアさんの素晴らしさのおかげです。

 

Q6.後藤さん、真家さんの最新作について、選曲やテンポなど何か特徴となるポイントはありますか?
 

後藤 私の第4弾レッスンCDは、いつかは収録しようと思っていた有名な映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネの曲がメインです。プリエとストレッチにその方の代表作が入っています。ある意味“無音の中の音”に魂を感じる作曲家です。 そして今までは最後のレベランスは自作だったのですが、今回はバレエ音楽のライモンダの中から、非常に繊細かつ優美な曲を収録しました。普段クラスでは弾いていなかった曲です。美しい曲なのでプリエやアダージョでも是非使ってみて頂けたら嬉しいです。全体的には中級レベルを目指して制作しています。カンパニーテンポのように速すぎず、小学校低学年のように可愛すぎず、小学校中学年からプロフェッショナルダンサーの方、大人の趣味の方まで幅広いバレエ好きの皆様にお使い頂けるようにと思っています。BGMとして聴いても心地良い、と多くの方々から嬉しいお声も頂いています。 “心に響く一枚 心に残る一枚”が私の目指しているバレエレッスンCDです。今後も少しでもそのように感じて頂けるよう、手探りですがより良いCDを制作していけたらと思っています。 

真家 私は普段アカデミーで弾いていることもあり、しっかり稽古ができるようにと考えています。普通よりゆっくりめのものが多いかもしれません。またダンサーや先生が想像力を含ませていろいろなアンシェヌマンで使えるようにと思い、様々なミュージックスタイルの曲を入れるようにしています。タンデュならこう、グランバットマンならこう、ではなく、この曲これに使えるかも?など自由に使っていただけたら嬉しいです。

 

後藤 私の第4 弾CD は秋にリリースです。真家さんのレッスンCD 第2 弾は年末から制作準備に入る予定です。

こちらもどうぞお楽しみにお待ち頂ければと思います。
 

Foreve Dance Music ALBUMRecommendation
後藤幸子レッスンCD vol.4

【レッスンCD】  “forever” Music for Ballet Class 4 

Pianist:後藤幸子 ( Sachiko Goto )
定価:5,000円+税
 
“動きを導く音” 叙情的に ダイナミックに
 
収録曲 : 映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネの叙情性溢れる代表曲をプリエとストレッチに使用。ミュージカルナンバー、オペラ、オペレッタ、バレエ音楽、クラシック音楽、後藤幸子オリジナル曲などを収録。めぐり逢い / 海の上のピアニスト / ブエノスアイレスの春/ コーラスライン / エニシング・ゴーズ / マイ・フェア・レディ / ステート・フェア / サムソンとデリラ / 3つのオレンジへの恋 / ルスランとリュドミラ / アンゴ夫人の娘 / イーゴリ公 / クレオールの踊りOp.94 / ラ・バヤデール / パリの炎 / 泉 / 海賊 / ラ・フィユ・マル・ガルデ / ライモンダ / 他

仕様:Barre Lessonは使いやすい様、右左2回分収録。  
カウント表示・拍子表示有り (全41曲)
2019年7月 Sony Music Studios Tokyoにて収録/スタインウェイD型ハンブルクフルコン使用
発行元 : 株式会社Forever Dance Music
 
  
Foreve Dance Music LESSON CD
  • Pianist:後藤幸子
    レッスンCD vol.1

    • ダミー画像"forever"
    • Music for Ballet Class 1
    • 4,524円(税別)
  • Pianist:後藤幸子
    ​レッスンCD vol.2

    • ダミー画像"forever"
    • Music for Ballet Class 2
    • 5,000円(税別)
  • Pianist:後藤幸子
    ​レッスンCD vol.3

    • ダミー画像 "forever"
    • Music for Ballet Class 3
    • 5,000円(税別)
  • Pianist:工藤祐史
    レッスンCD vol.1

    • ダミー画像"Welcome" My Little Lover
    • Music for Ballet Class 1
    • 5,000円(税別)
  • Pianist:工藤祐史
    レッスンCD vol.2

    • ダミー画像"Gershwin"
    • Music for Ballet Class 2
    • 5,000円(税別)
  • Pianist:工藤祐史
    レッスンCD vol.3

    • ダミー画像"Harmony​"
    • Music for Ballet Class 3
    • 5,000円(税別)
  •  

    Pianist:真家香代子
    レッスンCD vol.1

      
    • ダミー画像"Gifted​"
    • Music for Ballet Class 1
    • 5,000円(税別)
  •  

    Pianist:真家香代子
    レッスンCD vol.2

      
    • 真家 レッスンCD"Gifted​"
    • Music for Ballet Class 2
    • 5,000円(税別)